きょうの日経サイエンス

2017年10月3日

2017年ノーベル生理学・医学賞:体内時計を生み出す遺伝子機構の発見で米の3氏に

2017年のノーベル生理学・医学賞は,サーカディアン・リズム(体内時計)を生み出す遺伝子とそのメカニズムを発見した米ブランダイス大学のホール(Jeffrey C. Hall)博士とロスバシュ(Michael Rosbash)博士,ロックフェラー大学のヤング(Michael W. Young)博士の3氏に授与されることになりました。

 

人間の身体は,24時間のリズムで変化しています。活動や睡眠といった目に見える変化だけでなく,朝が来ると血圧と心拍数が上がり始め,昼には血中のヘモグロビン濃度が最も高くなります。夕方には体温が上がり,夜には尿の流出量が多くなります。真夜中には免疫を担うヘルパーT細胞の数が最大になり,成長ホルモンがさかんに分泌します。こうした周期のことを,サーカディアンリズム(概日リズム)と呼びます。一般には「体内時計」と言ったりもします。

 

概日リズムの研究は植物から始まりました。ドイツの生理学者ビュニングは1930年代にマメ科の植物の動きを丹念に計測し,照射する光に変化がなくても,夜になると葉が閉じることを示しました。生物のサーカディアンリズムは光に対する反応ではなく,生物に生来備わっているのではないか。そんな見方が次第に強くなっていきましたが,実際のメカニズムは長く不明のままでした。

 

突破口を開いたのは,カリフォルニア工科大学のベンザー(Seymour Benzer)博士とコノプカ(Ronald Konopka)博士です。1970年代の初め,ショウジョウバエに突然変異を誘発する誘発する物質を与え,その子孫2000匹の行動を観察しました。ショウジョウバエは普通,1日のうち12時間は動き回り,残りの12時間は眠ります。ですが3匹だけ,このパターンから外れた個体がいました。周期が19時間のもの,28時間のもの,脈絡なく寝たり起きたりするものです。これらを調べることで,X染色体の一定領域に,リズムに関わる遺伝子があることを突き止めました。

 

この遺伝子を最終的に特定したのが,今回ノーベル賞を受賞するホールとロスバシュのグループと,ヤングらのグループです。1984年に両チームが独立に見いだした遺伝子は,per(period)遺伝子と名付けられました。さらにヤングらは1995年,概日リズムを生み出すもう1つの遺伝子,tim(timeless)遺伝子を発見しました。

 

3氏は,これらの遺伝子がどのように24時間のリズムを生み出しているのかを明らかにしました。per遺伝子が作るPERタンパク質とtim遺伝子が作るTIMタンパク質は,細胞内で複合体を作ります。この複合体は遺伝子の働きを制御する転写因子で,per遺伝子とtim遺伝子にフィードバックをかけます。そのため24時間のリズムが生まれるのです。

 

 

 

 

具体的なサイクルを上の図に示しました(画像はM. W. ヤング「生物時計を動かす遺伝子」日経サイエンス2000年6月号より)。

 

1.朝になってショウジョウバエに光が当たると,細胞内にあるPERとTIMの複合体が分解を始める
2.昼までに複合体はすべて消える。一方,CYCLEとCLOCKという別のタンパク質の複合体がper遺伝子とtim遺伝子を活性化し,それぞれのタンパク質を活発に作り出す
3.夕方になると,生成したPERとTIMが互いに結合し複合体になる
4.夜の間にPERとTIMの複合体が核に移動し,CYCLEとCLOCKを不活化して,per遺伝子とtim遺伝子を抑える。再び1に戻る

 

 

3人の研究は,身体の1日のリズムを遺伝子レベルで解き明かす道を開きました。ショウジョウバエの仕組みとほぼ同じ機構が哺乳類にもあり,生活のリズムと体内の時計とがうまく同期しなくなると,がんや神経変性疾患,代謝疾患などのリスクが高まるとみられています。per遺伝子をマウスで発見した金沢大学の程肇教授は,「彼らが発見したフィードバック機構は,現在のサーカディアンリズムの基本原理となっている。受賞して然るべき方々がもらったと思う」と話しています。(古田彩)

 

 

 

詳報は10月25日(水)発売の日経サイエンス12月号にて

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もっと知るには…

生物時計を動かす遺伝子」2000年6月号,M. W. ヤング著

体のあちこちで働く末梢時計」2015年5月号, K. C. スンマ F. W. テュレック

「動物の行動をつかさどる遺伝子」1995年6月号,R.J.グリーンスパン

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