2018.03.23(金)その他

記録と数字からみた「9秒98」や「9秒台」についての“超マニアックなお話” 第3回「桐生選手のピッチ、ストライドの年別の変化/日本歴代上位選手とのピッチ・ストライドの比較」

◆桐生選手のピッチ、ストライドの年別の変化



「表2」は、桐生選手が高校1年生の時からのレースのうちインターネットの動画サイトにアップされているものから100mに要した歩数をカウントできるものを可能な限りスロー再生で数え、それから「平均ピッチ」「平均ストライド」「ストライドの身長比」のデータをまとめたものだ。

※なお、最後の一歩はスロー動画をコマ送りや静止画面にして定規を当てて計測したが、0.1~0.2歩程度の誤差があるかもしれないことをお断りしておく。

※「表1」に示した科学委員会のデータでは2013年の織田記念での10秒03の時、9秒98の時の100mに要した歩数は「47.4歩」と「47.3歩」となっているが、動画からするといずれも「47.1歩前後」である。科学委員会の歩数の勘定の仕方は、フィニッシュライン手前に最後の一歩が接地した瞬間のタイムとラインを超えて次の一歩が接地した瞬間のタイムを求め、それらと正式タイムとの比率を求めて算出している。例えばフィニッシュライン手前の最後の一歩が47歩目でそれが接地した瞬間が9秒94で、ラインを超えた次の48歩目が接地した瞬間のタイムが10秒15で、正式記録が10秒00であった場合、「0秒06:0秒15」でその比率は「28.6%:71.4%」となり、「47.3歩」とカウントするというものだ。このため、「見た目の歩数」とは異なる場合がある。しかし、動画が残っている他のレースの歩数を科学委員会と同じ方法で算出することはできないため、ここでは上述の「見た目の歩数」を採用した。

桐生選手の高校1年生の時からの平均ピッチと平均ストライドのデータの経年変化をみていくとなかなか興味深い。なお、3月のレースの記録は、4月からの新学年のものとして扱った。

高校1年生(2011年)から2年生(2012年)にかけての0秒39の記録の伸び(10秒58→10秒19)は、ピッチが速くなったことが大きいようだ。100mに要した総歩数は48~49歩台でストライドに大きな変化はなかったが、ピッチが4.5歩台後半だったのが4.7歩前後になっている。

高校2年生(2012年)から3年生(2013年)にかけての0秒18の短縮(10秒19→10秒01)は、ストライドの伸びによるところが大きい。年間を通してみるとピッチが4.6歩台後半あたりで前年よりも0.05歩前後遅くなっているが、平均ストライドが5cm前後伸び、身長比で3~4%大きくなって120%前後になっている。

大学1年生(2014年)のシーズンは、100mに要した歩数が高校の頃よりも1~2歩くらい多くなって、シーズンを通して48~49歩前後(47.9~49.8歩)。一方、ピッチは4.8歩前後と高校3年の頃よりも0.1歩以上も速くなっていて、4.85歩を超えたこともあった。ただ、そのぶんストライドが短くなって高校1~2年生の頃とほぼ同じくらいだった。

大学1年生の秋に左ハムストリングスの肉離れでアジア競技大会を辞退することになってしまった。

が、2年生になる寸前の2015年3月の初戦で、3.3mの追風参考ながら「9秒87」で走ってみせた。

この時は100mを「46.8歩」と、それまでで最も少ない歩数で走り、平均ストライドは「213.7cm」に達した。この時の「3.3mの追風」がストライドの伸びに影響を及ぼしていることは間違いなさそうだ。2013年に10秒01(追風0.9m)で走った時(211.9㎝)よりも2cm近く、2014年のシーズン(200.8~208.8㎝)よりも10cm前後(4.9~12.9cm)伸ばしている。

「毎秒4.742歩」のピッチは2014年の4.8歩前後よりも0.05歩ほど遅いが、高校3年生時の4.6歩台後半と比較すると、1秒間に0.1歩近く脚を速く回転させたことになる。

大学2年生となった2015年は、5月の関東インカレで右ハムストリングスの肉離れで日本選手権を欠場。北京世界選手権も断念せざるを得ず9月の日本インカレが復帰第一戦となった。このシーズンは総歩数がほぼ47歩台で、高校3年生の頃とほぼ同じくらいの水準に戻った。シーズンベストは10秒09と高校3年時(10秒01)、大学1年時(10秒05)よりも後退したが、翌年のリオ五輪参加標準記録(10秒16)を最後のレースでクリアした。

大学3年次も前年とほぼ同じくらいの総歩数だった。なお、最後の20~30mを流すことが多い予選や準決勝では、ストライドが長めになって総歩数が45歩台や46歩台という数字も見受けられるが、「全力」を尽くす決勝や世界大会では、47歩台か48歩前後がほとんどだった。6月の日本学生個人選手権の準決勝で10秒01(+1.8)の自己タイをマーク。この時は、総歩数「47.2歩」、ピッチ「4.715歩」で、3年前に10秒01で走った時と同じだった。

大学最終学年の2017年は、9秒98を筆頭に10秒0台~1台をコンスタントにマークした。10秒42で軽く流した関東インカレ・予選での46.8歩、ローマでの48.4歩、日本選手権・予選での47.2歩を除けば、4月から7月までの他の10レースの総歩数は、すべて「47.7~48.0歩」の範囲内に収まる。また、1秒間のピッチも関東インカレの予選以外は、「4.6歩台後半から4.7歩台」というもので占められている。

ロンドン世界選手権の400mリレー決勝で左脚ハムストリングスを少し痛めて、9秒98をマークする日本インカレまでスピード練習はほとんどできず脚に不安を抱えたまま試合当日を迎えることになった。日本インカレの予選と準決勝は、追風が4.7mと2.4mだったこともあってか総歩数が45.3歩と46.2歩でピッチ(4.450歩と4.556歩)を落として大きなストライド(平均220.8㎝と216.5㎝)で走った。脚に不安があったこと、無理をしなくとも通過できるので、「様子見」といった感じのレースだったようだ。

「表2」の最後に桐生選手が10秒09以内で走った14レース(うち、追風参考は3レース)のデータをまとめた。

これによると、総歩数は「46.8~47.9歩」でその平均と標準偏差は「47.39歩±0.37」。平均ピッチは「4.721歩/秒±0.032」。平均ストライドは「211.1cm±1.7」。ストライドの身長比は「120.4%±1.1」だった。10秒04以内の7レースに限ると、総歩数は「47.20歩±0.32」。平均ピッチは「4.720歩/秒±0.027」。平均ストライドは「212.0cm±1.4」。ストライドの身長比は「120.8%±1.0」となる。

以上のことから、現在の桐生選手にとっては、「総歩数47歩ちょっと」、「平均ピッチ4.7歩ちょっと」、「平均ストライド212㎝前後」、「ストライドの身長比121%前後」といったあたりが好記録につながるピッチとストライドのバランスのようである。

【表2/桐生祥秀選手の平均ピッチ、平均ストライド、ストライドの身長比】
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・高校1年生時の身長・体重は不明のため2012年のものを示した。
・記録の前の「◎」は、その時点での自己新記録。「△」は自己タイ。「W」は追風参考。




◆日本歴代上位選手とのピッチ・ストライドの比較



ここまでは桐生選手のデータのみで話を進めてきたが、比較のため「表3」に「10秒09以内」のベスト記録を持つ日本歴代上位選手のデータも示した。

伊東浩司さん(10秒00)と朝原宣治さん(10秒02)が自己ベストをマークした時の100mに要した総ステップ数は、伊東さんが44.8歩、朝原さんが45.8歩で、桐生選手が9秒98で走った時の47.1歩よりも少ない。当然のことながら平均ストライドは伊東さんが10.9㎝、朝原さんは5.6㎝、桐生選手よりも大きい。

「身長比」で比較すると、身長182㎝の伊東さんが122.6%、179㎝の朝原さんが121.7%、176㎝の桐生選手が120.6%だ。桐生選手は伊東・朝原さんと比べてストライドが短いぶん、1秒間に0.1~0.2歩ほど速いピッチでカバーし、その結果、桐生9秒98、伊東10秒00、朝原10秒02となっている。

10秒00の山縣亮太選手(身長177㎝)の総歩数は桐生選手(47.1歩)よりも1歩半多い48.5歩で平均ストライドは6.5㎝短い。しかし、毎秒4.86歩という高速ピッチでカバーしている。

188㎝のサニブラウン・アブデルハキーム選手は、ピッチは1秒間4.4歩台と他の選手よりも遅いが、長身から繰り出す平均225㎝を超える大きなストライドが特徴。10秒05~06で走った4レースは、すべて100mを44歩台でカバーした。ただ、身長比では、桐生選手よりも1%ほど小さい数字になる。

桐生選手と同じ身長176㎝の多田修平選手(10秒07)のストライドとピッチは桐生選手のそれよりもどちらもほんの少しずつその値が小さく、それが現段階では100mトータルでの0秒09の差になっている。

ケンブリッジ飛鳥選手(10秒08)は、ストライドは桐生選手と変わらないが、身長180㎝で桐生選手よりも4cm高いため身長比では2%ちょっと小さな数字となっている。

飯塚翔太選手は186㎝の身長だが、サニブラウン選手とは違って、ストライドよりも毎秒4.7歩を超える速いピッチの走りが特徴。

すでに10秒0台に突入している上述の現役選手たちが、2018年シーズンに桐生選手に続く「9秒台の世界」に足を踏み入れることができた時、どのようなピッチやストライドを刻むことになるのかも興味深いところだ。

【表3/10秒09以内の日本歴代上位選手の平均ピッチ・ストライド、ストライドの身長比】
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・「身長・体重」は、原則としてその年の日本代表選手デレゲーションブックブックなどによった。よって、同じ選手が同じ歩数で走った場合もストライドの身長比が、異なっている場合もある。
・記録の前の「◎」は、その時点での自己新記録。「△」は自己タイ。「W」は追風参考。




★<第4回>
・「初9秒台」の以前とその後
に続く...


※記録情報は2017年12月31日判明分
文:野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)

写真提供:フォート・キシモト

記録と数字からみた「9秒98」や「9秒台」についての“超マニアックなお話”
▼第1回「世界記録と日本記録の進歩は?」 
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11324/
▼第2回「桐生選手のトップスピードは時速42.0㎞」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11327/
▼第3回「桐生選手のピッチ、ストライドの年別の変化/日本歴代上位選手とのピッチ・ストライドの比較」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11337/
▼第4回「「初9秒台」の以前とその後」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11338/
▼第5回「世界の9秒台選手の特徴」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11367/
▼第6回「「9秒台」の時の「風速」」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11366/
▼第7回「桐生選手に続く日本人選手の「9秒台」の可能性」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11368/
▼第8回「五輪&世界選手権の「ファイナリスト」への条件」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11369/


▼2018年4月~「日本グランプリシリーズ」が始まります!
http://www.jaaf.or.jp/gp-series/

▼5月20日(日)「セイコーゴールデングランプリ陸上2018大阪」開催!
http://goldengrandprix-japan.com

▼6月24日(金)~26日(日)「第102回日本陸上競技選手権大会」開催!
http://www.jaaf.or.jp/jch/102

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