ネオニコチノイド系殺虫剤を使い始めた1993年に起きたこと
書籍『東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス 魚はなぜ減った? 見えない真犯人を追う』から紹介 第3回
島根県宍道湖におけるウナギとワカサギの激減と殺虫剤ネオニコチノイドの関連をひもとく論文が、学術誌「Science」に発表されたのは2019年のこと。この研究を主導したのが、宍道湖の研究をライフワークとする東京大学教授の山室真澄氏だ。その核心はナショジオのニュースでも紹介したが、科学ミステリーのような山室氏の新刊『東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス 魚はなぜ減った? 見えない真犯人を追う』(つり人社)から、ネオニコチノイド系殺虫剤がウナギやワカサギのエサに及ぼした悪影響についてのエピソードを紹介する。(全3回)
動物プランクトンとエビ類が激減
ネオニコチノイド系殺虫剤は昆虫類の神経系に作用するが、同じ節足動物である甲殻類の神経系は昆虫類とほぼ同じだ。となると、宍道湖の魚にとってエサとして重要な動物プランクトンの大部分を占めるキスイヒゲナガミジンコは、もしかしたらネオニコチノイド系殺虫剤の影響を受けるかもしれない。日本では水田用のイミダクロプリドというネオニコチノイド系殺虫剤が、1992年11月に初めて登録された。従って日本でネオニコチノイド系殺虫剤が最初に使用されたのは、1993年の田植え期となる。
宍道湖では国土交通省出雲河川事務所によって、毎月、湖心で動物プランクトン調査が行なわれている。そのデータを確認したところ、まさに1993年5月に動物プランクトンが激減し、その後回復の兆しがなかった(図6)。
その原因がネオニコチノイド系殺虫剤なのか、動物プランクトンのエサとなる有機物(植物プランクトンや生物由来の有機物)が減ったからなのか。
そこで我々は1993年5月を境とする前後約10年で、宍道湖湖心部表層で毎月観測されたCOD値(水中の有機物量を表す数値)がどのように変動したかを確認した。結果、動物プランクトンが急減した前後でCOD値はほとんど変わっていない。つまり動物プランクトンのエサは減っていないのに、1993年5月のネオニコチノイド系殺虫剤使用開始のタイミングを境に激減していたことになる。やはりネオニコチノイドが怪しい。
節足動物であるエビ類の漁獲量を調べると、1993年に急減し以後も回復せずに低レベルで推移するという、動物プランクトンと酷似したパターンを示した。「エビ類」とあるように複数種が混在しており、それらが淡水産か汽水産かは出典からは分からないが、いずれにしてもその落ち込みは極めて目立つ。
次にウナギのエサを含む宍道湖の底生動物の状況に注目する。
宍道湖ではウナギも1993年を境に漁獲量が激減したが、ウナギのエサは動物プランクトンではなく、エビ類やゴカイ類などの底生動物だ。著者は大学の卒業研究で、1982年夏季に宍道湖の248地点から採取された堆積物を用いて、どのような底生動物がどれくらい生息しているのか調査した。今回の研究では、1982年の調査地点の中から39地点を選び調査した。表1には1982年と2016年の結果に加え、本来生息している塩分と食性も示した。ここでの「低塩分」は宍道湖の通常の塩分、「高塩分」は海側に隣接する中海の通常の塩分が主な生息塩分域であることを示す。
節足動物はネオニコチノイド系殺虫剤が使用される以前の1982年と比べて、使用開始後の2016年はすべての種で大幅に減少していた。ウナギのエサは先述のエビ類を含む甲殻類やゴカイなどの環形動物だが、高塩分に生息する種類(ヤマトスピオ、ヒガタケヤリムシ)は2016年のほうが多く、低塩分種(イトゴカイの仲間など)の減少が目立った。高塩分種は幼生が中海から供給されるが、低塩分種は宍道湖内で生活史が完結する。
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